内須川村(読み)うちすがわむら

日本歴史地名大系 「内須川村」の解説

内須川村
うちすがわむら

[現在地名]関川村内須川

南・東・西を山に囲まれ、村央を赤谷(あかだに)川が北流する。北は赤谷村に接し、南の赤谷川上流に枝郷入(いり)村がある。文明一二年(一四八〇)の黒川氏実家中諸士連署起請文(三浦和田黒川氏文書)に「内洲河掃部助儀次」の名がみえる。文禄(一五九二―九六)頃の瀬波郡絵図に村名はみえないが、赤谷川沿いに「黒川分三ケゐち村」が記され、本納三石五升・縄高五石二斗五升三合、家一軒、その上流に「黒川分でぐち村」があり、本納二石五升・縄高四石九升三合、家一軒とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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