円台寺村(読み)えんだいじむら

日本歴史地名大系 「円台寺村」の解説

円台寺村
えんだいじむら

[現在地名]植木町円台寺

那知なち村の南、那知川上流の円台寺川が発する山腹の村で、南は上古閑うえこが村・木留きとめ村、西は大迫おさこ山・なり山を境に玉名たまな原倉はらくら村・西安寺さいあんじ(現玉東町)に接する。鎌倉初期に起源を求められる天台宗円台寺(現廃寺)を中心に発達した村。天正七年(一五七九)九月二八日に城刑部少輔頼忠に城親賢から「円たい寺之内一所 上五町」が宛行われ(「城親賢知行宛行状写」内田文書)、翌年四月一日には頼忠の「円台寺居屋敷分七段三丈」が安堵されている(「城親賢安堵状写」同文書)近世は正院手永に属する。寛永郷帳には村名がみえず、元禄国絵図には「滴水村之内円台寺村」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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