円満村(読み)えんまむら

日本歴史地名大系 「円満村」の解説

円満村
えんまむら

[現在地名]宮崎村円満

八田はつた村の東北、和田わだ川のつくるすえの谷に位置し、南は山地。枝村は戸谷とだに末野すえの(越前国名蹟考)。慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図では「末村」高七四一・三二一石に含まれると考えられ、正保郷帳によると田方二七三石余・畠方六三石余。初め福井藩領、貞享三年(一六八六)以降幕府領

末の谷の地は、永禄一〇年(一五六七)一一月日付立神中務丞吉藤買徳目録(山本家文書)に「立神新介沽却分」として「末野宮成保円影名」「同散田」「同森兼散田」、立神兵庫助沽却分として「同国定名」とある末野と考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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