円護寺村(読み)えんごじむら

日本歴史地名大系 「円護寺村」の解説

円護寺村
えんごじむら

[現在地名]鳥取市円護寺・北園(きたぞの)二丁目

覚寺(かくじ)村の南、久松(きゆうしよう)山(城山)の北側の谷間に位置する。八幡(はちまん)池の東にあり、袋(ふくろ)川(旧袋川)の支流円護寺川が村内を流れる。南の道祖神(さいの)乢(天徳寺坂)を越えると湯所(ゆところ)村に至る。「因幡志」によれば、村名はかつて当地にあった古寺円護寺にちなむという。小字の古寺(ふるでら)はその寺地であったと考えられる。もとは円郷寺と記されたが、元禄国絵図・元禄郷帳作成時に円護寺と改められた(元禄一四年「変地其外相改目録」県立博物館蔵)。円江寺ともみえる。拝領高は一九五石余、本免六ツ。安政五年(一八五八)の生高二五四石余、物成一〇八石余。山役米一石二斗が課されていた(「邑美郡下札帳」太田垣家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む