冠山城跡(読み)かんむりやまじようあと

日本歴史地名大系 「冠山城跡」の解説

冠山城跡
かんむりやまじようあと

[現在地名]岡山市下足守

冠山は足守あしもり平野の中央、上土田かみつちだとの境にある標高四五メートルの小丘で、嘉応元年(一一六九)の足守庄図(神護寺蔵)には福岡山とみえる。清水氏先祖書(萩藩閥閲録)には「すくも塚とも云」と注記するが、丘陵南面中央部の麓で古墳石室が発見されている。足利将軍の執事高氏の一族河津左衛門尉氏明が築城したともいうが(備中府志)、不詳。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む