冠山城跡(読み)かんむりやまじようあと

日本歴史地名大系 「冠山城跡」の解説

冠山城跡
かんむりやまじようあと

[現在地名]岡山市下足守

冠山は足守あしもり平野の中央、上土田かみつちだとの境にある標高四五メートルの小丘で、嘉応元年(一一六九)の足守庄図(神護寺蔵)には福岡山とみえる。清水氏先祖書(萩藩閥閲録)には「すくも塚とも云」と注記するが、丘陵南面中央部の麓で古墳石室が発見されている。足利将軍の執事高氏の一族河津左衛門尉氏明が築城したともいうが(備中府志)、不詳。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む