冬部村(読み)ふゆべむら

日本歴史地名大系 「冬部村」の解説

冬部村
ふゆべむら

[現在地名]葛巻町田部(たべ)

馬淵(まべち)川と支流の毛頭(けと)ノ沢(さわ)川・根地戸(ねじと)川・七滝(ななたき)沢流域に位置し、二戸郡に属する。南は二戸郡田野(たの)村、北は同郡面岸(おもぎし)村・姉帯(あねたい)村(現二戸郡一戸町)。正保国絵図に村名がみえ、高六三石余で、根反(ねそり)村(現同上)まで一里、姉帯村まで八町と記す。「雑書」慶安三年(一六五〇)四月一三日条に「中山一里番置候村」として村名があげられ、給人上田平八など三人が一里番を勤めるよう命じられている。万治四年(一六六一)二月二九日条に「一戸之内冬部さみたけ御金山」とあり、前年に当村長作などが「さみたけのなかれ」で新しい金鉱を発見している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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