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出羽房雲厳 でわのぼう うんげん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

出羽房雲厳 でわのぼう-うんげん

?-? 平安後期-鎌倉時代の武士。
治承(じしょう)2年(1178)若狭(わかさ)(福井県)太良保(たらのほ)の公文(くもん)に任じられる。源平の争乱では源氏につき鎌倉御家人となる。承元(じょうげん)2年稲葉時国に公文職(しき)などをゆずった。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

出羽房雲厳

生年:生没年不詳
平安末期・鎌倉初期の若狭国(福井県)の武士。幼名若丸。若くして比叡山で修行し,丹生出羽房雲厳と名乗る。下山後の治承2(1178)年,国衙領太良保(太良荘,福井県小浜市)の公文職に補任され,祖父以来の根本領主としての権利を継承した。これより以前,雲厳の師凱雲は太良谷に薬師堂を建て,荒野を開発していた。雲厳は治承・寿永の内乱に若狭国最大の在庁官人稲葉時定に従い,鎌倉殿御家人として活躍。しかし建久7(1196)年,時定が失脚し,若狭忠季が守護に補任され,太良保地頭になるにおよんで苦境に陥り,時定の子時国に公文職や薬師堂などの権利を譲り,隠退せざるをえなかった。

(林文理)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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