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切上り長兵衛 きりあがり ちょうべえ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

切上り長兵衛 きりあがり-ちょうべえ

?-? 江戸時代前期の鉱山労働者。
掘り子として各地の鉱山ではたらく。元禄(げんろく)3年(1690)伊予(いよ)(愛媛県)新居郡立川銅山近くの別子山で銅の大鉱脈を発見し,翌年住友家が別子銅山を開発するきっかけをつくった。坑道を上向きにほりすすむのを得意としたので,「切上り」とよばれた。没年月日は元禄7年(1694)4月25日とも,宝永5年(1708)3月29日ともいわれる。阿波(あわ)(徳島県)出身。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

切上り長兵衛

生年:生没年不詳
江戸前期,別子銅山の存在を住友の吉岡銅山に報知,元禄4(1691)年の稼行請負のきっかけを作った掘子(坑夫)。阿波(徳島県)出身。切上りとは,坑道を上向きに掘削するのが得意であったことによる異名である。住友家の記録「宝の山」によると,三河・津具金山,美濃・畑佐銅山,越前・面谷銅山で若いころ働き,石見・津和野領亀井谷銅山,播磨・桜銅山,豊後・大平銅山をかつて稼行し,出雲・佐詰銅山,豊前・香春銅山,薩摩・阿久根いらず山の様子を語ったとある。単なる渡りの掘子ではなく,掘子を抱える親方である金子か,零細な山師であった時期もあるのではあるまいか。<参考文献>住友修史室編『泉屋叢考』13輯,「宝の山」(『住友史料叢書』)

(今井典子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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