切立村(読み)きつたてむら

日本歴史地名大系 「切立村」の解説

切立村
きつたてむら

[現在地名]高鷲村鮎立(あいたて)

長良川左岸で支流の切立川に沿って集落を形成。北西は鮎走(あいばしり)村、南東の阿多岐(あたぎ)村(現白鳥町)とは峠越えで通じる。正保郷帳によると田方四八石余・畑方三一石余。宝暦六年(一七五六)の郡上郡村々高覚帳(鈴木文書)では家数二五、うち水呑六。宝暦騒動の立百姓一〇・立水呑五・寝百姓六・寝水呑一(宝暦七年「立者寝者人別帳」則次文書)。当村の喜四郎はこの騒動の中心的指導者で、前谷(まえだに)村(現白鳥町)定次郎とともに宝暦五年に駕籠訴を断行、同八年二月村預中の身を脱走し江戸で箱訴を画策し、駆込訴をして評定所で吟味中牢死した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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