初和村(読み)はつわむら

日本歴史地名大系 「初和村」の解説

初和村
はつわむら

[現在地名]中和村初和

現中和村の西端に位置し、南は田羽根(たばね)村(現湯原町)、東は真加子(まかご)村。南境の熊居峠(くまいだわ)を越えて当村に入った伯耆往来(犬挟峠越)は、北上して下見(しもみ)村(現八束村)へ抜ける。正保郷帳では田高一三四石・畑高二九石余。元禄一〇年(一六九七)の美作国郡村高辻帳によれば改出高七三石余・開高三石余。元禄初頭の家数二六・人数一四二(作陽誌)。元禄一一年津山藩松平家領となり、享保一二年(一七二七)には同藩半知により幕府領に移る。文化一四年(一八一七)津山藩五万石加増に伴い同藩領に復し、天保九年(一八三八)同藩高替えによって再び幕府領(津山藩預所)となり、幕末を迎えた(美作国郷村支配記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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