利倉村(読み)とくらむら

日本歴史地名大系 「利倉村」の解説

利倉村
とくらむら

[現在地名]豊中市利倉一―三丁目・利倉西(とくらにし)一―二丁目・利倉東(とくらひがし)一―二丁目・原田南(はらだみなみ)一―二丁目・曾根南(そねみなみ)町二―三丁目・服部西(はつとりにし)町五丁目

服部・穂積(ほづみ)両村の西、原田村の南に位置し、村域の北西端は千里(せんり)川と猪名(いな)川の合流点で、村域は猪名川の東側低地に展開。中世は利倉庄の地。慶長一〇年(一六〇五)の摂津国絵図には「戸蔵村」とみえ、高九七六石余。元和初年の摂津一国高御改帳では一千九四石余、幕府領(村上孫左衛門預)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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