前玉村(読み)さいたまむら

日本歴史地名大系 「前玉村」の解説

前玉村
さいたまむら

[現在地名]榛原町坂部(さかべ)

高尾(たかお)川を挟んで外久保(とのくぼ)村の東に位置し、同川の河岸段丘上に立地する。北は湯南原(とうなんばら)台地で青柳(あおやぎ)村へ続く。「掛川誌稿」には「此村より東南は平地にして水田多く、又坂口の山前なれは、前玉は前田間なるべし」と記される。永禄一二年(一五六九)一〇月四日の知行書立写(松平乗承所蔵古文書)に松平真乗に引渡される知行分として前玉両郷一四九貫二五〇文とみえ、同年一二月一三日「さいたま」など二〇〇貫文が真乗に与えられた(「徳川家康判物写」松平家所蔵文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む