前間村(読み)ぜんまむら

日本歴史地名大系 「前間村」の解説

前間村
ぜんまむら

[現在地名]三郷市前間・早稲田わせだ

後谷うしろや村の東に位置し、東は江戸川河川敷に開発された田中たなか新田。村の中央を新田しんでん用水、東を庄内古しようないふる川が南流する。田園簿では田三七四石余・畑一五二石余、ほかに野銭永三貫一一五文がある。慶長(一五九六―一六一五)頃に開発された丹後たんご小谷堀こやぼり・後谷の三ヵ村を含んでいたという(風土記稿)元禄郷帳ではそれぞれ一村として村立てされており、当村の高一三〇石余。江戸時代を通じて幕府領であったと思われる(田園簿・旧高旧領取調帳など)。貞享三年(一六八六)に関東郡代伊奈忠篤が記した利根川通関所之外脇渡場改覚(竹橋余筆)には前間新田と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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