加田庄(読み)かだのしよう

日本歴史地名大系 「加田庄」の解説

加田庄
かだのしよう

現市域南部の加田町・加田今(かだいま)町付近に比定される正親町三条家領。康安元年(一三六一)二月三日の足利義詮袖判下文(案、佐々木文書)に加田庄とみえ、半済分が京極導誉に宛行われているが、当庄は正親町三条家初代の公氏以来の相伝所領といわれる(「実隆公記」文明一一年九月五日条)。「御前落居記録」によると、永享二年(一四三〇)一〇月一六日に当庄半分が同家に返付されたが、これは康暦二年(一三八〇)に返付された導誉半済分をめぐっての佐々木岩山氏との相論の結果であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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