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加納直盛 かのう なおもり

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

加納直盛 かのう-なおもり

1612-1674* 江戸時代前期の武士,治水家。
慶長17年生まれ。伊勢(いせ)津藩士。私財を投じて伊賀(いが)美濃原(みのはら)(三重県名張市)で約50haの新田を開発,さらに小波田(おばた)からの水路をつくり約150haに拡張した。延宝元年12月9日死去。62歳。伊賀出身。通称は藤左衛門。

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朝日日本歴史人物事典の解説

加納直盛

没年:延宝1.12.9(1674.1.15)
生年:慶長17(1612)
江戸前期,伊賀国(三重県)上野に住した津藩加判奉行で治水開墾家。通称藤左衛門。号潜竜。父直成は藤堂高虎に仕え高虎の伊予より伊勢,伊賀移封に伴い上野に移る。直盛は上野に生まれ2代藩主高次に仕え,藩命により藩の土木技術者西島八兵衛の指導助力を得て新田開発に努め,山田郡山畑村(伊賀町)の原野開発,特に名賀郡美濃原(名張市新田)の開発には私財も投じて承応3(1654)年起工,上小波田野に大池と水路(小波田井溝)を新設し,翌年約49haを開墾,そのあとを子の直堅が継いで高尾井溝などの用水路や新田開発に努め,新田99ha,新畑49haを開発した。享保16(1731)年村民は遺徳を顕彰し加納神社(現在美波多神社に合祀)を建てた。<参考文献>『宗国史』上下,『名張市史』上,『先賢遺芳』

(杉本嘉八)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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