加茂町村(読み)かもまちむら

日本歴史地名大系 「加茂町村」の解説

加茂町村
かもまちむら

[現在地名]加茂市加茂・番田ばんでんさいわい町一―二丁目・寿ことぶき町・あさひ町・さかえ町・新栄しんえい町・大郷だいごう町一丁目・石川いしかわ一―二丁目・青海おうみ町一―二丁目・千刈せんがり一丁目・ほん町・なか町・かみ町・五番ごばん町・しん町一丁目・こく町・駅前えきまえ松坂まつさか町・おかノ町

加茂川の谷口集落で、上流には上条じようじよう村・狭口せばぐち村、下流には加茂新田がある。「賀茂」「嘉茂」とも記された。室町後期の蒲原郡段銭帳(米沢市立図書館蔵)に加茂庄の名がみえるが、これ以外に史料はなく不詳。天文五年(一五三六)四月一〇日の古川与三衛門に宛てた重久なる人物の宛行状(古川渙一郎氏蔵)に「賀茂・下条之境目」とある。天正八年(一五八〇)四月二二日の上杉景勝書状写(「上杉家記」所載菅名文書)に「賀茂山取詰、于今張陣之由」とみえ、御館の乱の折、菅名綱輔が加茂山に布陣し、三条城将神余親綱と対峙した。加茂山は青海神社裏手一帯の山で、空堀跡を残す城山しろやま要害山ようがいやまがある。乱の終結後には加茂在番衆が置かれた(文禄三年定納員数目録)。文禄四年(一五九五)検地帳(新発田市立図書館蔵)は「賀茂村」と記し、田畠屋敷とも六九町九反余、分米七六四石七斗余。同帳には新たに課税対象地になったとされる、宮僧めん・やくし堂めん・鐘つきめん・社領めん・ゆたてめん・あふらめんや、町場の存在をうかがわせる「おかの町」などの地字がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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