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加藤景範 かとう かげのり

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美術人名辞典の解説

加藤景範

江戸中期・後期の歌人・国学者。通称小川屋喜太郎、名は遜、号は竹里・居貞斎。信成の長男。大阪生、京都住。書と国学を富永芳春に、和歌を烏丸光胤、画を狩野光真に学ぶ。有賀長伯と交流があった。歌・国史・国文で名高い。著書に『みやこびと玉かづら』『浜づと』等がある。寛政8年(1796)歿、77才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

加藤景範 かとう-かげのり

1720-1796 江戸時代中期-後期の歌人。
享保(きょうほう)5年5月4日生まれ。家業は薬商。松井政豊に師事する。また懐徳堂で五井蘭洲らにまなび,和学をおしえた。寛政8年10月10日死去。77歳。大坂出身。名は別に友輔。字(あざな)は子常。通称は喜太郎,太助。号は竹里,居貞斎。著作に「和歌三類集」「みやひこと玉かつら」。

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

加藤景範

没年:寛政8.10.10(1796.11.9)
生年:享保5.5.4(1720.6.9)
江戸中期の歌人。通称小川屋喜太郎,字は子常,号は竹里,景範は名,のちの名は友輔。医師で薬商を兼ねた父信成の跡を継ぎ売薬を業とした。父は五井持軒,三宅石庵などに学んで晩年は和歌を好み,烏丸光栄に学んだ。景範もその境遇のもと,和歌は光栄門で父の友人の松井政豊に師事し,また漢学塾懐徳堂に学んだ。とりわけ和学は五井蘭洲の『古今通』を熟読することで強い影響を受け,懐徳堂の和学を領導する立場に立ち,多くの歌学書を書いた。『新古今集旧注補遺』『和歌虚詞考』『国雅管窺』などの著作がある。<参考文献>多治比郁夫「加藤景範年譜」(『大阪府立図書館紀要』8号)

(飯倉洋一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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