朝日日本歴史人物事典 「加藤景範」の解説
加藤景範
生年:享保5.5.4(1720.6.9)
江戸中期の歌人。通称小川屋喜太郎,字は子常,号は竹里,景範は名,のちの名は友輔。医師で薬商を兼ねた父信成の跡を継ぎ売薬を業とした。父は五井持軒,三宅石庵などに学んで晩年は和歌を好み,烏丸光栄に学んだ。景範もその境遇のもと,和歌は光栄門で父の友人の松井政豊に師事し,また漢学塾懐徳堂に学んだ。とりわけ和学は五井蘭洲の『古今通』を熟読することで強い影響を受け,懐徳堂の和学を領導する立場に立ち,多くの歌学書を書いた。『新古今集旧注補遺』『和歌虚詞考』『国雅管窺』などの著作がある。<参考文献>多治比郁夫「加藤景範年譜」(『大阪府立図書館紀要』8号)
(飯倉洋一)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報