加食田村(読み)かじきたむら

日本歴史地名大系 「加食田村」の解説

加食田村
かじきたむら

[現在地名]三刀屋町乙加宮おつかみや

三刀屋川が大きく湾曲する部分に位置し、東は掛合宮内かけやみやうち村、北は根波別所ねばべつしよ村。村名は南接する多根たね(種)(現掛合町)で採取した米をこの地で栽培したからだとする口碑がある。村の北にある(鍋山)中腹天台宗の古刹禅定ぜんじよう寺がある。元禄十年出雲国郷帳では高五一一石余、寛文四年(一六六四)の本田高四八三石余・新田高四石余。安永二年(一七七三)の飯石郡中独案内帳(原家文書)によると高三九〇石余・田畑合計二四町七反余、家数九〇・人数三八二で、牛一四五・馬一二。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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