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勝井五八郎 かつい ごはちろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

勝井五八郎 かつい-ごはちろう

1815-1865 幕末の武士。
文化12年1月12日生まれ。対馬(つしま)(長崎県)府中藩士。側用人をへて元治(げんじ)元年(1864)大勘定執務となる。大浦教之助をはじめおおくの尊攘(そんじょう)派を惨殺し,慶応元年5月3日藩主の命で討たれた。51歳。名は員周。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

勝井五八郎

没年:慶応1.5.2(1865.5.26)
生年:文化12.1.12(1815.2.20)
幕末の対馬藩士。五郎吉の子。名は員周。一時流謫されていたが,藩主の側室であった妹タミの生んだ善之允(宗義達)を世子にするため,万延1(1860)年同志と共に立つ。文久2(1862)年に反対派の家老佐須伊織を討ち,善之允の襲封に成功すると外戚として権勢を得た。以後,対馬藩では尊王攘夷派が主導権を握ったが,8月18日の政変以降,勝井は反幕府的な長州との同盟路線を警戒し,元治1(1864)年に平田大江と手を組んで政権を握り,大浦教之助ら尊攘派に対する苛烈な弾圧を開始した。この勝井騒動で多くの藩士が殺され,内外の批判が高まったことから,翌年藩主の命で討たれた。<参考文献>川本達『対馬遺事』,『長崎県史 藩政編』

(木村直也)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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