北三谷村(読み)きたさんやむら

日本歴史地名大系 「北三谷村」の解説

北三谷村
きたさんやむら

[現在地名]足立区東和とうわ一―三丁目・東綾瀬ひがしあやせ一―三丁目・中川なかがわ四丁目

普賢寺ふげんじ村の東に位置し、北は長左衛門ちようざえもん新田蒲原かばら村、東は大谷田おおやた村、南は古隅田ふるすみだ川。慶長一九年(一六一四)土豪河合平内が普賢寺新田とともに関東郡代伊奈忠治から開発定書(足立区立郷土博物館所蔵文書)を獲得して開発が進められた。河合氏は北三谷新田・普賢寺新田のほか、元和二年(一六一六)には大谷田おおやた新田・六ッ木むつぎ新田・千住榎木せんじゆえのき新田の各新田に対して発給された開発定書(同文書)でも開発請負人として登場し、新田開発を主導した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む