北与力町(読み)きたよりきまち

日本歴史地名大系 「北与力町」の解説

北与力町
きたよりきまち

[現在地名]高知市永国寺えいこくじ

永国寺町の北にあって、東はなかはし通から西はかみはし通までの二町三四間三尺(高知市沿革略志)。与力が多く住んでいたための町名という。元禄(一六八八―一七〇四)頃には町の東詰に御小人部屋があり、その角の屋敷火見櫓があったが、その地も享保一二年(一七二七)の大火後武家屋敷となったという(同書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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