北仰西海道遺跡(読み)きとげにしかいどういせき

日本歴史地名大系 「北仰西海道遺跡」の解説

北仰西海道遺跡
きとげにしかいどういせき

[現在地名]今津町北仰 西海道

石田いしだ川下流左岸の北仰集落に隣接する水田地帯に立地する縄文時代後期から晩期および弥生時代中期―後期の墓地集落遺跡。昭和五八年(一九八三)の発掘調査により縄文時代後期後半頃の土器が多量に検出された。翌五九年と同六〇年開発に伴う発掘調査で、県下でも最大規模に属する縄文時代晩期の甕棺墓群を検出。甕棺墓は全部で六〇余を数え、その構造は合せ口形式ものと被せ蓋形式もの、また被せ蓋が二重になったもの、被せ蓋がなく斜め方向に埋納した単棺や直立させた単棺など多種類にわたる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む