北大工町(読み)きただいくまち

日本歴史地名大系 「北大工町」の解説

北大工町
きただいくまち

[現在地名]仙台市通町とおりちよう一丁目

通町のうちたたみ町の北にある職人町。その町域は確定できないが、「封内風土記」に畳町と新日形しんひがた町の間とあり、「仙台鹿の子」には城下の三ヵ所の大工町のうち当町についてはしん小路北裏とあり、また「仙台萩」では新小路九番丁北裏とする。元禄城下絵図では新小路のうち北九番丁北裏は足軽屋敷がみえ、その東裏の北田きたた町に職人衆とある。安政仙府絵図では同地が御立畑と記され、「仙台鹿の子」などのいう北九番丁北裏が判然としない。享保八年(一七二三)の軒数二八(仙台萩)寛政(一七八九―一八〇一)頃の書上(「仙台市史」所収)に軒数三七、家数七三うち蔵一三とあり、弘化二年(一八四五)の「奥陽名数」には町並長さ一町で、軒数四八とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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