物を収納する箱形の家具をキャビネットcabinetと総称し,そのなかで棚と前面に開閉する扉を付けた収納家具を戸棚(カバドcupboard)という。古代エジプトからギリシア時代までは戸棚の遺構が見いだされていないが,ローマ時代にはアルマリウムarmariumとよぶ,大理石で作られた棚板と扉を備えた戸棚の遺構が残されている。それは初め武器armaを収納する戸棚として使用されていたが,帝政時代には食料を収納する戸棚としても用いられた。帝政時代末期の壁画には同じ形の戸棚に書籍を積み重ねて収納した描写も認められる。封建制度の確立した中世期には,騎士の武器を収納するアルモアールarmoirとよぶオーク製の,金帯の付いた戸棚が流行した。ゴシック時代になると,扉に通風口をうがった食料貯蔵戸棚livery cupboardが領主館に備えられた。中世前期の戸棚は分厚い板張りに鉄帯を付けたものであったが,15世紀ころ框(かまち)組み構法が採用されてから戸棚は大型化し,リネンホールドlinenfold(襞模様)やトレーサリーなど精巧な彫刻装飾が施されるようになった。16世紀のイタリアでは,貴族の邸館の大広間に置いて高価な食器類を収納・展示するためのクレデンツァcredenzaと称する低い食器戸棚が流行した。これは本来中世期の教会で古くから祭礼用の聖具類を収納する祭器台を世俗の食器戸棚に改良したもので,現代のサイドボードの源流とみることができる。イギリスではエリザベス1世の時代からカバドとよぶ食器棚が現れ,収納用の戸棚と展示棚を組み合わせたものと,上下2段を展示用の棚としたもの(コート・カバドcourt cupboard)の二つのタイプがみられた。これらの戸棚は17世紀末から18世紀になると,生活様式の多様化に応じて,ガラスの組格子の扉を付けた食器棚,書棚,飾棚など多種多様な形式の戸棚に発展する。
一方,衣装を収納する衣装戸棚は17世紀のバロック時代から発達する。それ以前は櫃(ひつ)が衣装を収納する唯一の家具であった。ルイ14世の宮廷家具師A.C.ブールは黒檀に象嵌細工を施した,一般に〈ブール象嵌〉として称賛された華麗な衣装戸棚を製作した。次のルイ15世時代の衣装戸棚はロココの邸館の壁面装飾の繰形と調和して流麗で軽快なデザインである。同じ頃イギリスの代表的な家具師T.チッペンデールやT.シェラトンなどもシンプルで機能的な戸棚を製作した。例えば飾棚は下部がたんすか戸棚の形式,上部がガラスの組格子の扉を付けた展示棚の形式をとっており,とくに後者のデザインに独特な美しさがみられる。19世紀後期にアーツ・アンド・クラフト・ムーブメントが展開されるなかで,建築家P.ウェッブがW.モリスの結婚を祝って設計した衣装戸棚は,モリスとバーン・ジョーンズが表面の装飾画を描き,構成がきわめて単純で機能的である。植物の曲線を輪郭としたアール・ヌーボーの華麗な飾棚も流行したが,20世紀になると生活空間と生活様式の合理化という視点から,戸棚の機能性がとくに重視されるようになった。人間のモデュールを基準にして収納戸棚を組み合わせ,生活空間を構成するシステム・ファニチャーの発想はル・コルビュジエから始まって,現代の建築家に受け継がれている。
執筆者:鍵和田 務 日本では,古くは棚や櫃を収納具として用いていたが,江戸時代になって建具の発達に伴い,棚のまわりを板や土壁で囲み正面に戸を付けた戸棚が一般に普及し始めた。これには大小各種あり,建物に造りつけられたものもある。食物や食器を収める水屋,膳棚,ふとんや行李,葛籠(つづら)などを入れる部屋戸棚,押込みなどのほか,商品戸棚や蔵戸棚などがあった。
→厨子(ずし) →棚
執筆者:小泉 和子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
前面に戸を設け、三方を板で囲い、中に棚を設けて物を入れておく収納具の総称。書棚、食器棚、衣装棚、器具棚などがその代表的なものである。収納するものの種類、大きさ、重さ、および出し入れの頻度などによって、デザイン、寸法、構造、材料が大きく違う。いずれの場合も、地震に対する安全性が要求され、JIS(ジス)(日本工業規格)のなかにも事務用の書棚などは、その対応の方法が決められている。
[小原二郎]
… 作りつけの家具というものは,東西ともにほとんどなかったらしい。西洋の室内でのもっとも重要な家具は,戸棚と櫃(ひつ)と寝台とであった。戸棚はブルジョアジーの家庭でも農家でも,もっとも自慢のたねとしてすえつけた家具で,衣類,銀器,書類,貯金などを入れておいた。…
…この系統の実用的な棚としては奈良時代のものが正倉院に2基残っており,かなり大型で塗装もなく,いたって簡素なつくりである。こうした実用本位の棚はそのまま台所用や雑物棚として中世から近世,近代へとほとんど変わらずにつづいていくが,近世になるとこれに遣戸(やりど)(引違い戸)がついて戸棚になる。また奈良~平安時代にかけて装飾的な置棚が使われだした。…
※「戸棚」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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