北寺方村(読み)きたてらかたむら

日本歴史地名大系 「北寺方村」の解説

北寺方村
きたてらかたむら

[現在地名]守口市寺方元てらかたもと町一―四丁目・寺方本通てらかたほんどおり一―四丁目・東郷通とうごうどおり三丁目など

南寺方村の北、大枝おおえだ村の南、世木せぎ村の東に位置する。江戸初期には南寺方村、当村枝郷焼野やけの(現鶴見区)とともに寺方村一村で、正保郷帳の写とみられる河内国一国村高控帳では高一千二九八石余。延宝検地時に分離したとみられ、延宝七年(一六七九)の北寺方村検地水帳(酒井家文書)がある。これによると高四七九石余・反別三九町一反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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