北小路中之町(読み)きたこうじなかのちよう

日本歴史地名大系 「北小路中之町」の解説

北小路中之町
きたこうじなかのちよう

上京区浄福寺通今出川上ル西側

町のほぼ中央を東西に今出川(いまでがわ)通が、南北に浄福寺(じようふくじ)通が通る。

寛永一四年(一六三七)洛中絵図に「北小路中丁」、延宝六年(一六七八)刊「京雀跡追」に「中の町此町ニ、文嶋屋あり」とある。「坊目誌」は、明治維新時に東隣の西北小路町の一部を合併して現町名になったと記すが、宝暦一二年(一七六二)刊「京町鑑」に「北小路中之町」とあり、近世中期には現町名が使われていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 がわ

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む