北山方村(読み)きたやまがたむら

日本歴史地名大系 「北山方村」の解説

北山方村
きたやまがたむら

[現在地名]佐伯町北山方

吉井川東岸上に位置し、北は美作国英田あいだ上山うえやま(現英田町)、南は南山方村。慶長一八年(一六一三)の和気郡御勘定帳に「山方村」とみえ、物成一二七石余、夫米七石余。同一〇年の備前国高物成帳(備陽記)では、矢田やた郷に含まれる。寛永備前国絵図に北山方村とみえ、高二七六石余。「備前記」では「山上」とされ、枝村として西野にしの成仏じようぶつ金田かなた大多羅おおだら柳沢やなぎさわ正坪しようつぼ(現塩坪)・ツセがあげられる。「備陽記」では田畠三七町五反余、家数九六・人数五一一、岡山城下さかえ町まで道程九里、船路倉安くらやす川通り城下京橋きようばしまで一一里、池八。文化年間の「岡山藩領手鑑」によれば、直高四一五石余、家臣丹羽三平の給地。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む