北戸沢村(読み)きたとさわむら

日本歴史地名大系 「北戸沢村」の解説

北戸沢村
きたとさわむら

[現在地名]東和町戸沢(とさわ)

小手森(おでもり)村の南に位置し、安達太田(あだちおおた)川の流域に集落が散在している。最高所は南東端にある羽(は)山(麓山)。年未詳(永和元年―至徳三年頃か)の九月六日付石橋和義書状(相馬文書)に「東根内戸沢郷」とみえ、相馬憲胤に竹城(たかき)保(現宮城県松島町)をすでに宛行ったが、不慮の義により替地として戸沢郷を沙汰するようにと記されている。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録に渡沢とみえ、高二千二四〇石余。寛永五年(一六二八)の安達郡三領分界図(松藩捜古)や宝暦一〇年(一七六〇)の二本松領郷村高辻帳(福島県史)などでは戸沢村一村で高付されているが、寛永四年以降同一八年頃までには事実上、南・北二村に分割されていたと推定される(「二本松領内本陣年寄検断庄屋名主歴代簿」同書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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