北有馬町(読み)きたありまちよう

日本歴史地名大系 「北有馬町」の解説

北有馬町
きたありまちよう

面積:二六・一三平方キロ

島原半島の南部に位置し、南部は南有馬町、北西部は小浜(おばま)町、西部は南串山(みなみくしやま)町に接する。町域の北部に論所(ろんしよ)原などがあり、丘陵地が広がって緩やかに傾斜しており、南有馬町境を流れる有馬川のほか、坂下(さかした)川・大手(おおて)川が流れる。有馬川は流路延長七・五五キロ、流域面積三〇・五四平方キロで、路木(ろぎ)川・小谷(こたに)川・坂山(さかやま)川・西正寺(さいしようじ)川・高江(たかえ)川・浦口(うらぐち)川・荒尾(あらお)川・恵通谷(えつだに)川などを支流とする。これらが形成する景観を七谷七峰という。この南東の海岸近くを島原鉄道が通り、国道二五一号と主要地方道小浜―北有馬線、県道の矢次(やつぎ)―南有馬線・口之津(くちのつ)―雲仙(うんぜん)線が通る。北部は雲仙天草(うんぜんあまくさ)国立公園の指定域内。

町域の西部やや北側に西日本最大規模とされる縄文時代終末期の原山(はらやま)支石墓群(楠峰ドルメン)があり、現在第二・第三群の六〇基余が確認され、朝鮮半島との交流という点でも注目される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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