北渡辺町(読み)きたわたなべまち

日本歴史地名大系 「北渡辺町」の解説

北渡辺町
きたわたなべまち

[現在地名]東区本(ほん)町四―五丁目・南本(みなみほん)町五丁目・備後(びんご)町五丁目

北御堂(きたみどう)(現津村別院)の西側裏、渡辺筋に沿った町で、北御堂の南から本町(ほんまち)通の北までの間は両側町。古くは北渡辺町一―三丁目といったが三町が合体して当町となった(初発言上候帳面写)。延宝八年(一六八〇)町内の門のうちにあった津村南之(つむらみなみの)町の屋敷一軒を町に加えているが、この年にはすでに北渡辺町となっていた(安政三年「水帳」大阪市立中央図書館蔵)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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