北田中西庄(読み)きたたなかにしのしよう

日本歴史地名大系 「北田中西庄」の解説

北田中西庄
きたたなかにしのしよう

興福寺の雑役免田。延久二年(一〇七〇)の興福寺雑役免帳の城下しきのしも郡西郷に「北田中西庄田畠九町七段八十四歩 公田畠也」とある。その条里(括弧内は坪数)は一〇条三里(一)・四里(五)、一一条五里(七)・六里(四)、一二条六里(二)で、この条里による所在は現大字吐田はんだ(一〇条四里辺り・一一条五里)、同保田ほたのほか、三宅町大字小柳おやなぎ(一二条六里)の地域に比定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む