北田代村(読み)きたたしろむら

日本歴史地名大系 「北田代村」の解説

北田代村
きたたしろむら

[現在地名]御船町田代たしろ

西は飯田いいだ(四三一・二メートル)砥川とがわ(現益城町)と、北は朝来あさこ(四六四・五メートル)福原ふくわら(現同上)ふたッ山(六九〇・三メートル)で阿蘇郡河原かわはら(現西原村)と、東は北中島きたなかしま(現矢部町)と境する広い面積をもつ矢形やかた川右岸の山岳村。文明四年(一四七二)一一月二六日の阿蘇山本堂造営棟別料足請取日記写(阿蘇家文書)に「田代」とあるのが南北の二村をさす。うえ集落の東の丘陵に北田代城(戸上城)跡がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む