北高野新田村(読み)きたこうやしんでんむら

日本歴史地名大系 「北高野新田村」の解説

北高野新田村
きたこうやしんでんむら

[現在地名]河東町広野(こうや)

南東は茶臼森(ちやうすもり)新田村、南西は熊野堂(くまのどう)村。村東から北へ日橋(につぱし)川が流れる。寛永一三年(一六三六)の開村で、慶長年間(一五九六―一六一五)に蒲生秀行の家臣佐賀牛右衛門が居住したが、同一六年耶麻郡湯達沢(ゆたざわ)新田村(現猪苗代町)へ移住したという(新編会津風土記)。寛永二〇年(一六四三)の高二石余が、宝永三年(一七〇六)には高八七石余(「御国中郡分村付組切覚帳」鈴木家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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