冬木沢村(読み)ふゆきざわむら

日本歴史地名大系 「冬木沢村」の解説

冬木沢村
ふゆきざわむら

[現在地名]河東町広野こうや

北は北高野きたこうや新田村南東原田はらだ新田村、南は南高野村。村東に字融通堂ゆづうどうという原野があり、融通ゆつう寺跡で礎石が昔のまま並ぶ。承徳元年(一〇九七)頃、僧浄縁がこの地へ来て寺を建て、自然山融通寺と称した。その後、寺は黒川くろかわ(現会津若松市)小館こたてに移り、さらに文禄元年(一五九二)若松おお町へ移転した。もと八葉寺はちようじ村と称し、「塔寺八幡宮長帳」によれば、永正一八年(一五二一)猪苗代氏が蘆名氏を攻撃し、蘆名氏に同心した「しほた殿」は六月一六日に「八葉寺へおち、松原にて御所かい」とあり、当地へ逃げたが討死している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む