十三間戸村(読み)じゆうさんまどむら

日本歴史地名大系 「十三間戸村」の解説

十三間戸村
じゆうさんまどむら

[現在地名]河内村十三間戸

利根川左岸の旧氾濫原の平坦地にある。東は余津谷(よつや)村(現東村)、西は平川(ひらかわ)村。慶長七年(一六〇二)小倉縫殿之助が開墾し、以後各地より移住者があって一村をなすといい(稲敷郡郷土史)、元禄郷帳の村高は二五一石余。弘化二年(一八四五)の関東御取締役控帳(香取郡誌)によると、神崎本宿(こうざきほんじゆく)(現千葉県香取郡神崎町)外五二ヵ村組合に属し、村高二七四石余、家数四六、旗本酒井氏領であった。

当村と清久島(せいきゆうじま)村(現東村)の間にあった大浦(おおうら)沼は第二次世界大戦後干拓され、現在は水田となっているが、かつては広さ約二〇町歩を有し、新利根川の貯溜池の観があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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