十二谷池(読み)じゆうじたにいけ

日本歴史地名大系 「十二谷池」の解説

十二谷池
じゆうじたにいけ

[現在地名]泉佐野市日根野

日根野ひねのの北西部、泉南郡熊取くまとり大久保おおくぼとの境界近くにある。古くは住持谷池と記された。正和五年(一三一六)の日根野村絵図(九条家文書)に「住持谷池」とみえ、日根野村北部の丘陵麓地域を灌漑するために丘陵地の谷に築かれた甘漬あまづ(現在の尼津池)・八重池(現在の八重治池)や新池・小池・得成池(この三池は現在は比定すべき池はない)と並んで丘陵地の北西部の端に描かれている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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