十府ヶ浦(読み)とふがうら

日本歴史地名大系 「十府ヶ浦」の解説

十府ヶ浦
とふがうら

[現在地名]野田村野田

宇部(うべ)川・明内(あけない)川・泉沢(いずみざわ)川・米田(まいだ)川などからの流出土砂の堆積によってつくられた砂浜。全長三キロ。名所として名高く、道円が

<資料は省略されています>

と詠んでいる。現在では浜全体を十府ヶ浦というが、古くはとくに五日(いつか)町はずれ一ッ橋(ひとっばし)辺りから南をさした。寛政二年(一七九〇)九月二六日に当地を訪れた高山彦九郎が「巽にすかを行けは塩竈二有り、是れより山鼻を廻りて南へ行く、此辺より玉川あたり迄十府の浦といふとぞ」と記している(北行日記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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