十王村
じゆうおうむら
[現在地名]白鷹町十王
石那田村・菖蒲村の東、最上川の河岸段丘上に位置し、狐越街道沿いに街村を形成する本宿のほか、関寺・中十王・八卦・上野などの集落がある。近世初期の邑鑑では拾王とあり、高一千一一八石余、免三ツ六分、家数六三(うち役家一九、肝煎・小走四)・人数三二五、役木として漆・桑・紅花・青苧をあげる。蒲生氏高目録帳では村柄は上。寛永八年分限帳によると当村に給地のある家臣一〇。寛永一四年(一六三七)の検地帳写(松田文書)によれば高二千一三石余、反別は上田五〇町三反余・中田二〇町三反余・下田一〇町七反余、上畠五四町七反余(うち青苧畠二〇町三反余)・中畠二四町余・下畠一八町一反余、屋敷五町六反余(八一軒分)、百姓開地(四石余)や荒砥城代坂田采女の開地(七石余)などもみえる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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