十字に組み合わせた木を用いた処刑の道具。これによりイエス・キリストが処刑されたことから、キリスト教の象徴になる。
[鈴木範久]
十字架に罪人の体を縛り付け、ときには両手を釘(くぎ)で打ちつけたりする処刑方法は、フェニキアをはじめ古代諸国で行われていた。ローマでは、奴隷や凶悪犯に使われた。ユダヤ地方を治めていたローマ総督ピラトにより、イエスは強盗犯人2人とともに十字架で処刑された。このことは、イエスが卑しい人間の扱いを受け、極刑に処せられたことを表す。『新約聖書』のイエスの伝記である福音書(ふくいんしょ)では、十字架ということばが、早くも重荷・苦難などを意味するものとして用いられている(「マタイ伝福音書」10章38、16章24)。あるいはまた、恥多き死や屈辱に対する忍耐(「ヘブル書」12章2)を表すこともある。同じ『新約聖書』の「パウロの書簡」になると「わたしの内の古き人はキリストと共に十字架につけられた」(「ロマ書」6章6)のように、古きものの死、罪からの解放を表すものになっている。この世的なるものや肉の情欲にとらわれていた自己に、死んで新しい生の世界が与えられたことのしるしとされる。「エペソ書」や「コロサイ書」では、イエスの十字架の死が、神との和解であるという贖罪(しょくざい)思想がみられる(「エペソ書」2章16、「コロサイ書」1章20)。
十字架をもってキリスト教の象徴としたことは、迫害下に地下の墓地(カタコンベ)に設けられた教会の壁などに、その形が描かれていることでわかる。コンスタンティヌス帝が、空に十字架のしるしと「このしるしで勝て」と書かれた文字を見て、十字架を軍旗としたという話は名高い。
[鈴木範久]
十字架は、やがてキリスト教の象徴であるだけにとどまらず、礼拝の対象となった。初めは十字架だけが祭壇に置かれたが、のち、キリストの磔(はりつけ)像を伴うようになった。そのキリスト像には王冠をつけ、罪・死に対する勝利者としてのキリストから、人類の救済のため、贖罪の苦難のキリストへ、という変遷もみられる。
復活祭前の金曜日は、キリストが十字架につけられた受難日、受苦日とされ、ローマ・カトリック教会では十字架に接吻(せっぷん)する儀式が執り行われる。指で十字架のしるしをつくる儀礼は、「父と子と聖霊の御名(みな)によりて」を唱え、ローマ・カトリックでは額、胸、左肩、右肩の順、東方教会では額、胸、右肩、左肩の順でなされる。十字架のしるしを切ることは、神の恩寵(おんちょう)にあずかる秘蹟(ひせき)(サクラメント)に準ずるものとされている。また、ときには、十字架が悪魔払いに用いられることもある。なお、プロテスタントでは、この十字架のしるしをつくらないし、十字架像を崇拝の対象とすることもしていない。
[鈴木範久]
古代地中海世界に見られた磔刑具であるが,とくにイエス・キリストがかけられたものをいう。十字架を重罪人の磔刑具として用いたのはおそらくフェニキア人が最初であろう。それはのちにひろく各民族間にも用いられるようになったが,ローマ人はそのありさまがあまりに残酷なので,奴隷や凶悪犯人のほかは磔刑に処さなかった。キリストもまた大罪人として十字架にかけられた。キリスト教を公認したコンスタンティヌス1世(大帝)は,337年,磔刑を禁止し,そののち十字架はキリスト教世界で人類救済の犠牲祭壇,また死と地獄に対する勝利の象徴となった。また転じては苦難や重荷の別名ともなった。たとえば,文学ではすでに4世紀のノラのパウリヌスや5世紀のセドゥリウスSedulius,のちには7世紀アングロ・サクソンの詩人キャドモンCaedmonや9世紀ドイツの神学者ラバヌス・マウルスが十字架を心から賛美している。
祝別あるいは聖別のために身体の一部や事物の上にほどこす十字架の形の印で,〈父と子と聖霊の御名によりて〉と唱えつつ,カトリック教会では額,胸,左肩,右肩の順に,また東方正教会では額,胸,右肩,左肩の順に十字を切る。
→十字架伝説 →十字架の道行 →磔刑
執筆者:野口 啓祐
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ペルシアからローマに伝えられた処刑具。ローマでは下層民,奴隷の処刑に用いられた。イエスが十字架で処刑されたために初期キリスト教徒の間で,信仰と救いのしるしとして,絵や飾り,手で切るしぐさなどで用いられるようになった。T字型,ラテン十字(),ギリシア十字()などの種類も生まれた。現代に至るまで,キリスト教と教会の象徴として普遍的なしるし。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…墓に付された錨の印は,死者が永遠の平和という港へと無事到着したであろうことを示すものであった。その形は,垂直の軸に2本の腕がついた実際の錨(しばしば縄を通すための輪が付く)をかたどったものが多いが,キリスト教の迫害時代には,水平の腕を加えることによって,ひそかに十字架に擬せられ,ときにイルカとともに表された。七つの美徳の一つ〈希望〉の持物でもある。…
…市場は町の中央にあり,石で舗装されている場合も多かった。北ドイツの都市の市場にはローラン(ローラント)の像が立っているが,これは都市の特権と自由のしるしであり,市場平和のしるしとしての十字架も同様の意味をもっており,ときには王が市場の自由を承認したしるしとして,この十字架に手袋がかけてあった。カール大帝以来開市権は王の大権(レガーリエン)に数えられ,王の特許状をえてはじめて市の開設が認められたからである。…
…このカバラの木は,ルネサンス以降の神秘主義者たちに受け継がれ,超越的源泉からの宇宙の生成の象徴図となった。 このほか,ヨーロッパのメーポールMaypole,ナバホ・インディアンのアシ,日本における神道のサカキも,そこに神性が宿る宇宙軸のシンボルの一種であり,十字架も,このような中心のシンボリズムの発展の一つであるといえよう。
[生命と豊饒のシンボル]
木はまた地母神のもつ豊饒な生産力の象徴となってきた。…
…しかし,われわれが現在何の抵抗も感じないで使っている言葉のなかには〈世俗化〉されたキリスト教の用語が多くふくまれている。代表的なものとして〈十字架〉〈復活〉〈福音〉〈バイブル(聖書)〉〈三位一体〉〈洗礼〉〈終末〉〈天国〉などを挙げることができよう。これらの言葉がしばしばキリスト教的起源をはっきり意識しないで用いられている事実(たとえば苦痛や犠牲を〈十字架〉,必読書を〈バイブル〉などと比喩的に呼ぶ場合)は,ある意味でキリスト教の土着化のしるしとみなされよう。…
…キリストがかけられた十字架に関する初期東方伝説。アダムが死んだとき,その子セツSethは神の命により天国の生命の樹から三つの種子を採り,アダムの舌の下に置いた。…
…緑は生命の復活を示す色であり,成長と繁栄の色である。西洋中世の色彩芸術で,十字架につけられたキリストのその十字架がしばしば緑色であるのは,キリストの復活を象徴するものにほかならない。他方悪魔の体や眼を緑彩色することもまれにあり,これは悪魔の象徴とされる蛇が緑色だからだと説明される。…
※「十字架」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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