千歳宮(読み)ちとせのみや

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「千歳宮」の解説

千歳宮 ちとせのみや

1237-1254 鎌倉時代,順徳上皇の皇子
嘉禎(かてい)3年生まれ。承久(じょうきゅう)の乱に敗れた順徳上皇が配流(はいる)された佐渡で誕生した。幕府の命をうけた地頭本間山城兵衛にまもられてくらしたとつたえられる。死後,村人たちが祠(ほこら)をたて,親王大明神としてまつったという。建長6年11月18日死去。18歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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