千種町(読み)ちくさちよう

日本歴史地名大系 「千種町」の解説

千種町
ちくさちよう

面積:一〇四・五七平方キロ

宍粟郡の北西端、千種川の上流、源流域に位置し、南は佐用郡南光(なんこう)町および山崎(やまさき)町、東は波賀(はが)町、北は鳥取県八頭(やず)郡若桜(わかさ)町、西は岡山県英田(あいだ)郡西粟倉(にしあわくら)村・東粟倉村に接する。北・東・西を標高一〇〇〇メートル級の山々に囲まれ、耕地は五パーセント未満、山林原野が九〇パーセントを占める。三室(みむろ)山・後(うしろ)山(板馬見山)・日名倉(ひなくら)山一帯は氷(ひよう)ノ山後山那岐山(せんうしろやまなぎさん)国定公園に含まれている。当町の前身とされる古代の敷草(しきくさ)村は鉄の産地として知られ(播磨国風土記)、中世以降は宍粟鉄または千草鉄の名が全国に知られた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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