南乙丸村(読み)みなみおとまるむら

日本歴史地名大系 「南乙丸村」の解説

南乙丸村
みなみおとまるむら

[現在地名]湯布院町川上かわかみ 乙丸

乙丸村が南北二村に分立して成立。元禄郷帳に村名がみえ、高一三四石余。延享四年(一七四七)の延岡藩領郷村高帳(内藤家文書)では一三四石余のほかに新田高二斗余がある。寛延二年(一七四九)の村明細帳(溝口家文書)によると高は同前、家数二五・人数一八七、馬五・牛二五。田方用水井手は並柳なみやなぎ村から一ヵ所あるほか、石武いしたけ村・光永みつなが村から当村内を通っている井手水を用いていた。また温湯ぬるゆ村内から湧出する水口をも用いていた。溜池・天水場はなかった。作間稼は男は七島莚、女は布を少々ずつ仕立てていた。かなくや(金具屋)一軒・石屋一軒があり、医者も一人いた。庵が二ヵ所あり、一つは温湯村仏山ぶつさん寺末の真福しんぷく寺、もう一つは石松いしまつ興禅こうぜん院末の清水寺で、ともに当時は無住であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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