南安孫子村(読み)みなみあびこむら

日本歴史地名大系 「南安孫子村」の解説

南安孫子村
みなみあびこむら

[現在地名]秦荘町安孫子あびこ

目賀田めかだ村の南東に位置し、南東は北蚊野きたかの村。中世安孫子庄のうち。永正四年(一五〇七)の方便法身尊像裏書(浄光寺蔵)に「江州愛知郡蚊野下庄安尾子」とみえる。天正(一五七三―九二)末から慶長五年(一六〇〇)にかけては豊臣氏の支配下で、天正一一年一〇月二日の羽柴秀吉知行宛行状(河毛文書)に「犬上郡我孫子村」とみえ、河毛次郎左衛門尉に南安孫子村一〇〇石が宛行われた。「犬上郡我孫子村」は愛知郡の誤りだろう。天正一九年五月の愛知郡蔵入目録(芦浦観音寺文書)に南安孫子庄一千一九〇石とある。ほか小物成として「あひこの郷」が高一〇石四斗を春秋に高五石二斗ずつ分けて納入しており、内訳松尾寺まつおじ村内の秦川はたかわ山の山手米高八石、城安寺じようあんじ村内の山手米高一石五斗、岩倉いわくら村内山手米高四斗、位置不明の「むかい山」山手米高四斗。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android