南小淵村(読み)みなみおぶちむら

日本歴史地名大系 「南小淵村」の解説

南小淵村
みなみおぶちむら

[現在地名]一宮市南小渕みなみおぶち千秋ちあき浅野羽根あさのはね

東は浮野うきの佐野さのの両村、西は浅野・北小淵の両村に接する。概高七五五石余は田一四町三反余・畑三八町六反余で、これを一〇人の給人が支配していた。新田は二石九斗余。「寛文覚書」の家数八八、人数四三二で、「徇行記」では八一軒・三七九人と減少している。減少を示している村は、この辺りでは当村だけである。社は天神社、寺は西福さいふく寺とあり、この寺は、浄土真宗東派に属し本山直末、天文一七年(一五四八)祐念なる者の建立と伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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