南木倉村(読み)みなみきのくらむら

日本歴史地名大系 「南木倉村」の解説

南木倉村
みなみきのくらむら

[現在地名]御船町木倉きのくら

東西を東木倉村・西木倉村に挟まれ、日向往還が通る。慶長一三年(一六〇八)一〇月一三日の鳥居次郎右衛門宛加藤清正黒印状(鳥居文書)には「木倉村」とあり、慶長国絵図に村名がみえる。木倉手永に属し、「国誌」によると萩尾村・内屋敷村・宗心原そうしんばる村・山添村宮原村などの小村があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む