南木曾町(読み)なぎそまち

日本歴史地名大系 「南木曾町」の解説

南木曾町
なぎそまち

面積:二一五・八八平方キロ

木曾郡の南西にあり、昭和三六年(一九六一)木曾川を挟む両岸の読書(よみかき)・吾妻(あづま)・田立(ただち)の三ヵ村が合併し、木曾郡の南部に位置する町として南木曾町を称したものである。北は大桑(おおくわ)村、東は飯田市に、南は山口(やまぐち)村、西は岐阜県恵那(えな)郡川上(かわうえ)村と坂下(さかした)町に境している。

町内には、先土器時代の遺跡一、縄文時代三八、古墳時代三が分布している。中世には現在の三留野(みどの)の辺りが中心で、元徳元年(一三二九)の小木曾庄検注雑物目安注文(高山寺文書)の「水野保(みずのほ)」は、三留野と推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む