…また63年(正平18∥貞治2)内宮仮遷宮以来,木曾から両宮造営用材が伐り出され,東山山荘(銀閣)などの造営に木曾材が用いられたりしたのは,いずれも木曾川運材によるものであった。豊臣秀吉は,木曾を直轄地とし,木曾義昌を代官に用いて木曾と木曾川を支配させ,方広寺大仏殿などの用材を伐り出させた。徳川家康もこれに着目し,側近大久保長安が義昌の旧臣山村甚兵衛を代官として,木曾と木曾川を支配させ,木曾川流域の要地も直轄地として押さえ,木曾材を採出した。…
※「木曾義昌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...