南本所石原代地町(読み)みなみほんじよいしわらだいちまち

日本歴史地名大系 「南本所石原代地町」の解説

南本所石原代地町
みなみほんじよいしわらだいちまち

[現在地名]江東区清澄きよすみ三丁目・深川二丁目

南本所石原町(現墨田区)の代地町で、二ヵ所に分けられるが、いずれも元禄一二年(一六九九)元地の内で御用地となった地所の代地町として成立した。はまぐり町続きの代地(現深川二丁目)は翌一三年に深川妙栄みようえい寺跡地に与えられた。伊勢崎いせざき町続きの代地(現清澄三丁目)も同一二年の御用地召上げにより与えられた。正徳三年(一七一三)町奉行・代官の両支配となる(文政町方書上)蛤町続南本所石原代地町は片側町で、北は蛤町、西は北本所きたほんじよ代地町、南はあぶら堀、東は平野ひらの町添地。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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