南条元忠(読み)なんじょう もとただ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「南条元忠」の解説

南条元忠 なんじょう-もとただ

1579-1614 織豊-江戸時代前期の武将。
天正(てんしょう)7年生まれ。南条元続(もとつぐ)の子。伯耆(ほうき)(鳥取県)羽衣石(うえし)城主。関ケ原の戦いでは西軍について領地をうしなう。のち豊臣秀頼につかえ,大坂冬の陣にくわわり慶長19年自刃(じじん)。36歳。一説に20年夏の陣で死去。名は別に忠成,政忠。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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