南湧別屯田兵村
みなみゆうべつとんでんへいそん
上湧別町字南兵村の一区・二区・三区にあたる。行政区に含まれていたが自治組織を有して南兵村とよばれ、また字屯田市街地(通称上湧別市街)を含めて上湧別とも通称される。湧別原野基線一五号以南二五号までのうち、一五号―一九号間の西一線以東の屯田市街を除いた一円で、北は北兵村。東は山地、西は湧別川に境し東西三―四キロの平野をなす。四ノ一(四中隊一区の略)、四ノ二、四ノ三ともよばれた。明治三〇―三一年(一八九七―九八)に屯田兵第四大隊第四中隊二〇〇戸が南湧別兵村に入植した。兵屋(住宅)は湧別屯田の場合、第一給与地として与えられた一戸分六反歩ずつの、いわば野菜畑用地の中に兵屋を建て、第一区隊六九戸・第二区隊六七戸・第三区隊六四戸の三ヵ所に集落が形成された。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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